研究

Gnathopogon caerulescens
琵琶湖の沖合に棲むホンモロコ

タモロコ属魚類の適応進化とその遺伝的基盤の解明

新たな環境への進出した生物は,多様化自然選択を受けて適応に関わる形質が進化的に変化することがあります.このことは生態的種分化の原因となり,適応放散を引き起こします.適応や種分化の遺伝的基盤を明らかにすることは,進化の過程を理解する上で大きな助けになります.近年,生態的な機能に関わる遺伝的基盤を探るため,「進化ゲノミクス」という分野が発展しつつあります.この手法を用いることで適応に関わる表現形質がどのような遺伝的基盤をもっているのかを探ることが可能になり,適応形質がどのように進化したのかを知るのに役立ちます.

ホンモロコGnathopogon caerulescensは琵琶湖の固有魚類で,沖合に住み専らプランクトンを食べています.その近縁種のタモロコG. elongatusは琵琶湖沿岸域や西日本の河川に住み,主にベントスを食べていますが,三方湖などの湖沼にいる集団は沖合性でプランクトン食者であることが示唆されています.これら2種では,生息環境や利用する資源に違いが見られるとともに,採餌に関わる鰓耙数や,体型といった適応形質が異なっていることが示唆されています.このためタモロコ・ホンモロコの適応形質の違いを研究することは,環境の違いが原因となる表現型の進化を明らかにすることに繋がると考えられます.タモロコ属魚類の自然史を理解した上で,2種の適応形質の遺伝的基盤を明らかにすれば,これらの適応形質に関わる遺伝子がどのような環境や歴史を経験して進化したのか,またさらには,生態的要因が関わる集団分化がどのような過程を経て進むのか解明する助けになることが期待できます.

タモロコ・ホンモロコは意図的・偶発的に各地に移植されているため,複数の非在来集団が様々な環境に存在しています.移植によって新たな生息地に侵入した生物は,急速に進化する場合があることが知られています.また近年盛んに養殖が盛んに行われるようになっており,家魚化の初期段階にある集団として興味深いと考えられます.人間活動によって引き起こされる進化は,祖先集団と比較しながら実際に進行しつつある進化を同時代的に観察できる系として有用と考えられます.そのため,タモロコ属の非在来集団の表現型やその遺伝的基盤を調べることにより,形態の適応進化を実験的に検証できると考え,研究を進めています.

共同研究:小北智之(福井県立大学)奥田昇(京都大学)


Squalidus chankaensis biwae
琵琶湖北部の沖合に棲むスゴモロコ
S. chankaensis biwae 'fluvial'
琵琶湖淀川水系の河川に棲むスゴモロコ類
S. chankaensis biwae 'trans-suzukan'
伊勢湾流入河川に棲むスゴモロコ類

スゴモロコ属魚類の進化史の解明

スゴモロコ類の系統地理と適応進化

コイ科の淡水魚であるスゴモロコSqualidus chankaensis biwaeとコウライモロコS. c. tsuchigaeは,琵琶湖やその周辺の河川をはじめ西日本に広く分布しています.このスゴモロコ類の遺伝的集団構造・形態およびそれらと環境との関係を明らかにすることを通じて,どのような要因が形態多様性の分布に影響を与えるのか,また様々な地域の集団はどのような歴史を経て成立したのかを明らかにすることを目的として研究を進めました.

系統地理

琵琶湖‐淀川水系には最も大きな遺伝的多様性がみられました.瀬戸内海周辺集団は琵琶湖‐淀川水系と遺伝的に近く,古くからある系統であることが示唆されました.伊勢湾周辺集団は琵琶湖周辺から後期更新世に侵入したことが示唆されました.

琵琶湖での局所適応

琵琶湖周辺では,琵琶湖北部の集団と,これに接する琵琶湖南部や流入・流出河川の集団という遺伝的に分化した集団が認められました.南湖・河川集団が長期間にわたり大きな集団サイズを維持してきたのに対し,北湖集団は南湖・河川集団から分化し,現在の琵琶湖が成立してから急速に集団サイズを拡大したことが分かりました.これらの集団の間には,形態の差異も認められました:北湖集団が細長く口がやや上向きだったのに対し,南湖・河川集団は太短く口が下向きだった.口の向きは採餌に,体型は遊泳に,それぞれ関わる適応と考えられます.両集団の間には明らかな移動障壁はありません.これらのことから,北湖集団は琵琶湖の沖合環境に局所適応し,南湖・河川集団からの遺伝的分化と形態変化が生じたと推察されます.


S. japonicus japonicus
琵琶湖のデメモロコ
S. j. japonicus 'trans-suzukan'
伊勢湾周辺のデメモロコ

デメモロコ集団の成立と過去の交雑

スゴモロコ類と,近縁種のデメモロコS. japonicus japonicusは,ともに琵琶湖と伊勢湾周辺で同所的に生息しています.これらの2種は似た形態をしていながらも区別できるのに対し,ミトコンドリアDNAの系統では両種は相互単系統的にはっきりとは分かれませんでした.形態が分化しているにもかかわらずミトコンドリアDNAの系統があまり分化していないのは,過去に起こった交雑によってスゴモロコ類のミトコンドリアDNAがデメモロコに浸透し,置換してしまったことに原因があるのかもしれません.核DNAの系統では,2種ははっきりとした分化を示しており,過去の浸透交雑によるミトコンドリアDNAの置換を支持しています.この置換は,琵琶湖でスゴモロコ類の集団が拡大し始めてから,その後伊勢湾周辺に侵入するまでの間に生じたと推定されました.また,核DNA系統の分化から,デメモロコはミトコンドリアDNAの置換以前から両地域に分布していたことが示唆されました.


移植されたスゴモロコ

最近,生物が本来の分布域の外へ意図的・非意図的に移植される事例が増えています.このような移植は自然に起こる分布域拡大を擬似的に再現しており,移植により新たな生息地に移植された集団に遺伝的変化が―適応的なものも―生じることが知られています.スゴモロコは琵琶湖から日本各地の川や湖や貯水池にアユの稚魚に混じって移植されたと考えられています.これらのスゴモロコの移植集団を用いて,移植された生物がどのような遺伝的・形態的変化をするのかという観点から,生物的侵略や適応進化について研究を進めています.